Ⅶ●本書の執筆にあたり

[PageⅦ~Ⅸ]

●イントロダクション

本書は、遥か昔からハワイの歴史の一部として存在しているフラに提供されてきた数多くのハワイアンソングを収集しています。

詩の部分に後から解説を追加し適切な意味を伝えるられるよう配慮し、そこから生じるであろう質問なども解説に加えました。

フラは古代ハワイにおいて大きな存在でした。現代で言うところのコンサートホール、講義室、オペラ、劇場などに代わるのがフラでしたから、人々にとって唯一の社会的な楽しみでした。加えて、フラは地域社会全体で、ハワイ国が築いてきた伝説の過去に触れることができるものでした。

フラの歌にはどれも固有の独特な意味が含まれており、特に叙事詩には豊富な尽きることのない財産と呼べる古代ハワイの叡智や火山の女神ペレとペレを取り巻くその他の女神や神々たちに関する素晴らしい伝説が含まれています。ですから、古代フラの唄の中にすでにハワイ全体を物語るあらゆる種類のストーリーが出来上がっているのです。ペレの大作は大抵、その内容は多かれ少なかれポエムという形態からは離れたスタイルで、こっそり読むというような内容ではなく、むしろ王のパレードに参列する人々の目、耳、心に訴えかけるものでした。そして、それらは歌い継がれてきました。

卓越したメロディーによって奏でられるハワイアンソングは、オリ(oli)と呼ばれていましたが、ハワイアンの詩はどの種類も基本的には、メレ(mele)であり、その中には叙事詩、讃美歌、祈りが含まれています。そしてそれぞれの歌詞から種類を分類します。

当時の人々の生活に密着した思想が無意識のうちに曲の中に表現されています。そこに記された彼らの生き方、ライフスタイルはとても独特で壮大です。

人々の日々の暮らしの中で息づいてきたライフスタイルそのものが無意識の内に曲の中に盛り込まれているのです。このようにしてハワイアンの人々は後世に彼らの叡智を残してきたのかもしれません。

ですから曲の中には古代ハワイアン達がどのような感情を持ち暮らしてきたのか、その心の在り方が描かれています。生と死、熱望と嫉妬、愛する人への恋心、欲望、夫婦の愛、親の愛、自然に対する価値観、地震や嵐など自然災害の威力。

こうしたトピックで綴られた曲の中に、私たちは古代ハワイアンの人々の生き様や祈りを理解することができ、それこそがフラの存在意義でもありました。

フラは現代に紹介される時にはかつての形式や様式の多くが失われてしまったことも事実です。神の領域、つまり宗教や生命の起源などに関する部分が現代におけるフラからは抜け落ちてしまっており、ハワイ国外からの影響によって、フラはポリネシアの王族たちのどんちゃん騒ぎのための踊り、肉体的な快楽を表現するための情熱的な振り付け、という概念に関連づけられるようになってしまいました。

しかし私たちは、男女それぞれが踊るポーズや振付、表情、発せられる言葉によってのみフラを理解していかねばなりません。

声は、ヤコブの声です。しかし、手はエサウの手です。”  

(訳注:聖書に登場する人物を例にフラへの理解を比喩していると思われる)

しかし実際には、フラダンサー達は言葉に踊りを合わせていないのが事実です。

詩は黄金時代を思わせる内容で、振付はその時の躍る人の感情あるいはクムフラによって決定され、本来の詩に含まれる本当の意味の多くは、密封された古代ハワイの叡智が眠る棺の中に葬られてしまいました。

現代における振付に本来の意味から離れた不作法があったり、フラダンサーによって意味が湾曲されていたりしていても、古代から存在するフラソングのほとんどは極端に汚れたものになっているわけではありません。

もしポリネシア理想郷というものが存在していたならば、もしその美しい理想郷からポリネシアンたちが創造してきた文化や歴史における真実の記録(彼らの歓びや悲しみ、愛や嫉妬、家族間のいざこざや、仲直り、美しさに対する祈りや女神、神たちへの祈り)の全てを私たちが理解する術を持っていたのならば、それらの記録は今日まで正しい理解で引き継がれてきたことでしょう。

もしこの本が私たちの祖先が継承してきたものを紐解くきっかけに少しでもなっていれば、ここで収集した情報やそれに対して提供してきた労力は報われると思います。

フラの起源を語るとき、火の女神ペレを理解することが必要です。

ある日、女神ペレは妹たちに歌を歌いながらダンスを踊るよう依頼します。しかし、妹たちはダンスを踊り歌を歌うことを習ったことがないためできない、と言います。そこへ、一番下の妹、ヒイアカがやってきます。ヒイアカは、ホーポエという名の美しい友人から踊りを習っていました。ホーポエは人間の娘でしたが、病に冒されていました。兄弟姉妹たちはまさかヒイアカがダンスを踊れるとは思っていなかったので冗談だと思っていましたが、ヒイアカが実際に踊りを舞い始めるとそれは何とも美しい姿だったのです。

波が打ち付ける砂浜が彼女の踊る場所となり、空気と共に身体が揺れ、足と手は即興で美しく動き続けました。

Look, Puna is a-dance in the wind;

       見よ、プナが風の中で踊っている

The palm groves of Kea-au shaken.

       ケア・アウのパームツリーが揺れている

Haena and the woman Hopoe dance and sing

       ヘアナとホペエの女たちは

On the beach Nana-huki,

       ナナフキのビーチで踊り、歌う

A dance of purest delight,

       純粋な歓びに満ち溢れた踊り

Down by the sea Nana-huki.

       ナナフキの海の中に呑みこまれていく

このように、本書では技術的な部分においてハワイ語を使用しています。最初のイントロダクション部分ではイタリック体によって他の部分と区別をして紹介しており、それ以降の部分に関しては通常表記にて解説をしています。

用語解説では、詩や散文に使用されている全てのハワイ語を別記で取り上げました。

しかしながら、この用語解説だけを単体で使用することによって、外国人が取り扱う最もシンプルなハワイアンメレとして、理解を深めたり、誤解を招いたりする可能性があるとはだれにも想像できないかもしれません。

膨大な量のメモや注釈が多くのメレに付随しています。読者にとってこれらを読み進めることはとても大変かもしれませんが、より深く理解をするためには疑問点の多くがここで解消されることでしょう。

この論文を書き上げるにあたり、多大な協力を捧げてくれた皆さまに感謝を捧げます。古代の迷信や伝説、伝統など語り継がれて継承されてきた大切な叡智、記憶をシェアし提供して下さったネイティブハワイアンの皆さまに深い感謝を捧げます。

そして内容に対して意見を述べてくれたり、間違いを指摘してくれたり、様々な文献を提供してくれた皆さまにもお礼を申し上げます。

最後に、私の友人の皆な。中にはすでに他界している人もいますが、皆の協力や励ましがあったからこそ、この論文はこうして世界に発信することが可能になりました。

また、ニューヨークのTitus Munson Coan(タイタス・ムンソン・コーアン)博士においては、本書の校正・編集に忍耐強くお付き合い頂き、深く感謝申し上げます。

HONOLULU, HAWAII にて

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